Pose Method of Running ポーズ・ランニング

ランニングフォームを意識して走力を上げよう!

Pose Method of Runningのテキスト(英書)の要約や原文と対訳を紹介しながら、アメリカの人気ランニングフォーム理論について考察してみる

41 トレーニングでポーズ技術を留めておく RETAINING THE POSE TECHNIQUE IN YOUR TRAINING

最終章:生涯をかけてポーズメソッド習得をめざそう、その価値はある!

Pose Method of Running, Chapter41, p301-304, 翻訳と要約

 すぐに満足感を求めてしまう近頃では、望むものは何でもすぐに手に入ると錯覚してしまう人が多い。「体重を落としたい」とか「一千万円以上の収入を得たい」などと望めば、誰かしらが望みをかなえましょうと歩み寄って来ます。多くの場合、三分割の支払いで6週間あれば、という条件で。
 常識的な感覚があれば、より合理的な手段を選ぶことでしょう。しかし、合理的な手段というものは、献身的で勤勉で、目標に対しての確固たる覚悟という代価が求められるのです。そして多くの人はそのために切望するものを手に入れることをあきらめるのです。目標に向かって長期間献身的でいることが困難であることを思い知って、たいていは目標にしていたことをあきらめて、やり過ごしてしまうのです。まあ、そんなに簡単に望むものが手に入るのであれば、それほど価値のあるものでもないし、誰もが手に入れていることでしょう。
 もっとも肥満な人がその体形のままでいるのも、もっとも低収入な人が低い課税区分なままでいるのも、運命のせいではないのです。それは理想に近づく合理的な計画をやり遂げる、と自分に公約しないからなのです。身体的スキルであるポーズメソッドを身につける際も同じことが当てはまります。ポーズメソッドの基本技術は初心者でも実践し理解することはできると思いますが、完全に、そして統合的にポーズメソッドを自分の身体や精神に染み込ませるには一生かかることもあるのです。
 ポーズメソッドを学んでいくうちに、ポーズランニングを長い距離において維持するにはどうしたらいいかという壁に間違いなくあたることでしょう。ここまで学んだあなたは、その概念を理解し、ポーズメソッドの比較的短い距離での走り方は立派に身についていることでしょう。が、距離が伸びると集中力がきれ、フォームが崩れるかもしれません。
 それは理想像への追及に挫折するのと同じ状況といえます;集中力が切れ、思い悩んでしまうという状況です。新たな目標に向かっていく場合、はじめのうちは目の前の課題に対してとても集中できていますが、大抵の場合、元の生活習慣が取り直してくるでしょう。何度もダイエットに励む者は、普段の生活習慣に囚われ、ファーストフードやドライブスルーの便利さを思い出し、結局は脂肪分の多い食生活に戻ってしまう;熱心に投資家を目指したものの新車に散財してしまい、よく練られた資金運用計画を転換してしまう、などはよくあることだ。
 同じようなことが完璧なトレーニング計画を練った一般ランナーにも起こっているといえる。特に初めの習い始めのうちは、新鮮さもあり、集中してやる気も満々でしょう。新たに接するポーズメソッド技術の複雑さを会得しようと必死に理解しようと務めることでしょう。しかし、走り続けるにつれて、道を横断することに気をとらわれたり、散歩している犬に反応したり、いつの間にか元のペースに戻っていたりするのです。雑念の占有率が高まってしまい、仕事のことや週末の計画のことが頭に浮かんできてしまうのです。そして、いつの間にか、けん怠感が忍び込んでくるのです。
 走り始めは技術に集中していたのに、今や頭の中は雑念でいっぱいです。そして熱心にマスターしようと励んでいた肝心のフォームが崩壊してしまうという結果になってしまうのです。たとえそれほど疲れていなくとも、最善の策はランニングを止めることです。もしくは一旦休憩し頭を再整理するか、日を開けることです。大事なことは、ランニングに精神を集中できる時にだけ走ることなのです。フォームが崩れたまま走り続ければ、その走り方が身についてしまうのです。
 他にも集中力を欠いたことによって徐々にトレーニングの質が下がることもあります。ポーズメソッドを学び始めた頃は、ランニングの上達に対して貪欲であり技術向上も実現していきます。ところが時間が経つとその勤勉さが弱まり、あれこれ考えずにただ走ることを楽しもうと考え始めるのです。もしくは、いくつかのポーズメソッドの要素のみを自分流に抜き出してアレンジしているかもしれません。とりあえず快適に走るには「脚は伸びきっていないか、フォームはフレーム内にとどまっているか、地面を跳ねていないか」が重要であると言い聞かせて。
 一定の要素をアレンジすることは悪いことではなく、何年も故障なく走ることの秘訣となっていることもあり自分にとって良いことでしょうが、適切に走ることはできていても上手く走れているとは言えません。フォームが適正でも、身体各部が機能的に弛緩できているとは言えません。ピッチを上げることや支持脚の接地時間の極小化などの重要要素を無視していると、記録が伸びない快適範囲に入ってしまうのです。そして停滞期に長らく留まることになるのです。
 興味深いことに、ポーズメソッドでより長く速く走ることを妨げている様々な要因の中で身体的疲労の順位が最も低いのです。上手く走ることは、ゴルフや体操やバレエの素晴らしいパフォーマンスと同様、実に強い精神力から引き出される身体的な現れなのです。タイムが伸び悩む停滞期に入ったときは身体的な限界点に達したのではないのです;それ以上速く走る必要がないと意識的に決めているに過ぎないのです。
 これにはかなりの皮肉が含まれています。純粋に物理的観点からは、ポーズメソッドそのものは至って単純な構造だと言えます。17章の「何もするな」冒頭のサン・テグジュペリ(作家、パイロット)の引用文が語るように、理想的には、ポーズメソッドは余計な動作は全て取り除かれ、残っているものは前進するのに真に必要な動作だけなのです。

pose-running.hateblo.jp


 ランニング動作から余計で無駄なエネルギー浪費を全て無くし自然本来のフォームを手に入れても、精神力強化の必要性は増すのです。ポーズメソッドの技術修得においては、ランニングの物理的技巧だけではなく、徹底した集中力も含めた総合的なアプローチが必要なのです。
 技巧の修得における初期段階では、ポーズメソッドの正しい走り方を30mほど実践できれば十分でしょう。そしてポーズメソッドでより自然に走れるようになったら、5キロくらいまで距離を伸ばしつつフォームの微調整や修正を繰り返していくのです。
 適切な技術を維持しつつ距離を伸ばしていくのはそれほど容易なことではありません。肉体的疲労からフォームが崩れると思い込んでいると、距離を走ったことの疲労から動作に対する集中力が途切れてしまいます。しかし真実は逆なのです:フォームを崩さないことが身体的疲労を遅らせ、パフォーマンスを維持させるのです。そして適切なフォームを維持させる秘訣は精神的・心理的な訓練にあるのです。
 ポーズメソッドを習得する過程は一生涯続くものなのです;単純な物理的動作の初歩的な修得段階から始まり、複雑な心理的な強化訓練へと進んでくのです。その過程に長期休暇はありません、絶え間なく学び、調整あるのみなのです。走るたびに新たなスキルに近づくチャンスがあり、レースのたびに肉体的・精神的な限界を探るのです。
 そのうちポーズメソッドで走っていることを意識しなくなり、純粋に、単に走っている状態になることでしょう。つまるところ、これが全てなのです。ランニングとはあるがままの単純さと、理解できる範囲の複雑さが共存する動作なのです。そのことがわかった時、あなたはポーズメソッドを会得できたと言えるのです、単に長距離をではなく、一生涯、快適に走れるようになったのです。
 
 

40 腕の動作によるエラーの修正 CORRECTING ERRORS IN ARMS' MOVEMENT

腕振りを考察してランニングフォームを見直そう!

Pose Method of Running, Chapter 40, p295-299, 要約と翻訳

 ランニング中の腕の動作におけるエラーの何を考察したらいいのだろうか? 基本的には脚と完全に協調して腕が動作していないのであれば 修正すべきエラーがあると言える。ランニング中は、身体の各部位は力学的に完全に調和して活動している。脚の動きが、脚以外の動作を決定付けているといえる;脚の動きと同調していない動作はランナーのバランスを崩す要因ともいえる。
 脚の動きに同調して腕を動かし続けるという行為は、ランニング動作の先入観から来る心理作用ともいえる。脚が地面から離れている時に推進力を得ようと懸命に四肢を動かして無駄にエネルギーを浪費するのと同様に、積極的に腕を動かして推進力を得ようとするいかなる企ても理想とするランニングフォームを崩す要因となるのです。
 f:id:Tomo-Cruise:20170715071512j:plainレースのゴール前数キロでのラストスパートの姿が腕を動かして推進力を得ようともがいている一番の例でしょう。疲れ果てた身体から最後の気力を絞り出そうと懸命に腕を振りだしてしまうのです。そして腕の振りはさらに激しくなって、果たして何が起こるのでしょうか?第一に腕の振り過ぎによってゴールに向かう直線ラインから逸脱してしまうこと。第二に突如必要となったエネルギーは脚に使うべきものを腕に使うこととなり、また必要以上に浪費してしまうこと。第三に急なエネルギー消費の上昇への対応として、腕振りは大量な乳酸を発生させ、数秒で筋肉を石のように固くしてしまうことが考えられます。そして結果的に痛みが発生し、脳に不快感信号を発するのです-すぐにも全システムの操業を停止せよ!-と。
 この、脚が思うように動かせなくなった愚かなるランナーに降りかかったことは、完全にバランスを失ってしまっているということなのです。まずはじめに、過剰な腕振りは物理的バランスを台無しにし、尻に回転動作を加え、身体が直立することを阻み、ゴールラインへ真っすぐに走ることをも阻んでしまうのです。
 次に、身体エネルギーの余力に対しての臨界点を。最も必要となる時に損なってしまっているということです。残るすべてのエネルギーを絞り出し脚の動作へと使うべきところを、腕振りに振り向け、またその動作から生じる身体の各部にも分散させてしまうのです。
 そしてついには、このランニング技術の混乱とそれによって生じる痛みは、ランナーのパフォーマンスを左右する最重要点である精神的バランスを崩壊させてしまうのです。余計な動きのない身体が雑念のない精神に仕事を全うさせうるのとは逆に、過剰な腕振りは精神を混乱させ、痛みなどの影響とも戦い、集中力を失わせ、ネガティブな思考へと導いてしまうのです。
 f:id:Tomo-Cruise:20170715081713p:plainオリンピックでさえ、ランナーがゴールラインの近くで全ての調整力を喪失したような状態でいるのを見た時があるだろう。スムースに流れるようにゴールラインに向かうのとは対照的に、断続的にけいれんしているように制御不能に陥っている状態でゴールに向かっているのを。観衆は選手のガッツに熱っぽく応援してくれているものの、実際には懸命に余計なことをしているだけで、パフォーマンスは応援と裏腹に落ちてしまっているのです。
 ランナーにとって結果を出すために出来る限りの全ての手段を尽くすことはありがちなことではあり、ポーズメソッドにおいても同様に様々な手段はあるが、その全ての手段というのは適切な手段であって、不適切な手段を排除することも意味するのです。よってパフォーマンスを上げるためには、適切な知性・ものの見方とランニング技術の正しい把握が前提として必要となるのです。
  さて、ここでランナーとは力学的体系(mechanical system)そのものであるという概念を思い出してほしい。知っての通り、ランニングにおいて脚は実際に主役であり、その他の部位は従属すべきなのです。この力学的体系においては、内在的で持続的なエネルギーの流れは脚から始まり、胴体へ、そして腕へと進みます。このエネルギーの流れ、もしくは変換は身体の力学的バランスにとって極めて重要なのです。そして腕はバランスを維持するために不可欠な役割を果たすのです。
 基本的に身体のバランスが良くなるほど、ランニング中の推進力よる軌道は直線的になるのです。言い換えれば、バランス能力が上がるにつれ力学的効率性が増すのです。身体を力学的効率性のピークまで持っていければ、動作を維持するのに必要となる総体的なエネルギーを削減し、身体にかかる負荷を大いに抑制することにもなるのです。平易な言葉に置き換えると、スムースでバランスの取れたランニングは骨、関節、腱、靭帯そして筋肉にやさしい走りなのです。
 ランニングの力学的連続性は、前傾姿勢から始まり、支持脚の一方からもう一方への素早い入れ替えとすぐに続きます。バランス維持の無意識的な反応として、身体はわずかながらの肩の回転動作をするのです。その時、逆側の脚が支持脚の入替を行っており動きを相殺しバランスを取るのです。肩に回転動作が発生するのに応じて腕の動作が起こるのです。
 f:id:Tomo-Cruise:20170715071740p:plain腕の動きは基本的にこの連続動作の終点に位置付けられます;その動きは完璧なバランスを維持するために最小限の抑えるべきなのです。この一連の連続動作によるエネルギーの流れは同一ルートを常に通ります。この経路を通るエネルギーの解放は、筋肉の必要以上に緊張させることを抑制し、全身及び各部位全体の動作の解放にもつながります。そして腕の役割は脚と身体の状態を「聞く」ことであり、バランスを維持するために必要な調整をして、その動作のいかなる変化に対して反応する態勢をつくることであるのです。
 例えばトレイルランニングでつまづいたなら、腕によってすぐさまバランスを取って立て直し、できる限り早く最適なフォームへと復帰させることでしょう。そのような状況下になくとも、腕は完璧なフォームとバランスを維持するために最小限の動作で常に備えているのです。
 具体的に言うと、腕を大げさに上下に動かしたり、脚の動作より速く動かそうとしたり、体の前方や肩の高さまで振ったりしてはいけないのです。腕の運びは、開放されていて、リラックスしていて、最小限の動作にとどめておいて、脚の動きと調和させておいて、必要な時に直ぐに反応できるように備えさせておくものなのです。
 

39 体幹動作のエラー修正 CORRECTING ERRORS IN TRUNK MOVEMENT

効率的に走るために体幹をぶらせないように意識しよう!

Pose Method of Running, Chapter 39, p291-294, 要約と翻訳

 ランニング中の体幹の機能とはどうあるべきなのか? 動かすべきなのか? 推進力に貢献させるべきなのか? 積極的に動かすのか、受動的なのか?
  f:id:Tomo-Cruise:20170622154624p:plain 本質的に体幹とは身体の大部分を運ぶコンテナと言える(Fig.39.1)。疲弊することなく適切な姿勢で全体重を運べるように強化されているべきなのです。また衝撃を吸収すべく柔軟性も必要です。そして推進力を落とすような余計な動作を防ぐ安定性も求められるのです。
 ランニング中の体幹の安定と柔軟性を維持は簡単なことのように思えるかもしれませんが、実際にはあなたのランニング効率を押し下げ、適切なランニング技術の邪魔をするいくつかの外観からはわかりにくい逸脱要因が存在します。
 f:id:Tomo-Cruise:20170622054829p:plain その一つは、重力を無理に活用しようとして、もしくは単に疲れから、体幹を前に折り曲げることです(Fig.39.2)。ポーズメソッドにおいての前傾とは身体全体の前傾であり、上半身だけ腰から折り曲げることではありません。
 ランニングで体幹を前方に折り曲げる姿勢を取ると、自動的に背中の筋肉群に負荷がかかってくるはずです。また前に突っ伏さないように防御的な心理的反応が働いて、脚は前方に押し戻す動作を始めるでしょう。その動作はエネルギー浪費だけでなくブレーキ効果も生んでしまうのです。不得策と言えるでしょう。
 

f:id:Tomo-Cruise:20170622154850p:plain同じような不得策と言えるのが体幹を後方に反らすことです(Fig.39.3)。この原因はやはり疲れからか、スピードについていけてないかでしょう。実力以上の速度で走ってしまっていると無意識的に上体を反らしブレーキをかけてしまうのです。そしてそのブレーキ作用のために前進するのに余計な負荷がかかってしまうのです。脚は身体の前方に無意識に投げ出され、引力の活用機会は最小化され、総体的に身体力学的効率は相殺されてしまうのです。
 前述の2つの例ほど多くはありませんが、脚の極端な重心移動から胴体を横にスイングさせてしまっているエラーも見受けられます(Fig.39.4)。懸命に前進しようと脚を押し込んでいることが元凶でしょう。この脚の作用力は胴体をぶれさせ、その振動によって脚の自由運動域を狭め、支持脚の離地を難しくしてしまうのです。
 最後に両肩が横方向に動き過ぎている人も見受けられます。肩は推進力を生むのに何の貢献もしません。脚の動きに連動して回転するくらいのものです。適正に走れていれば、支持脚を交替する際の最小限の回転動作以外は沈黙を守るべき個所と言えます。しかし、ストライドの軌跡が垂直方向から逸脱してしまうと、それに応じて肩の回転が必要以上に増大してしまうのです。それはやがて脚の軌道の逸脱をさらに悪化させてしまうのです。つまりホイールが外れてタイヤが歪んだみたいな状態になってしまうのです。
 以上のエラーを修正するカギは、まずポーズメソッドの基本に立ち返って体幹の役割を思い出すことだ。その役割とはハムストリングスが支持脚を交替させる動作中、胴体の動きを抑えるいうことにつきます。
f:id:Tomo-Cruise:20170622155210p:plain 胴体を抑えられてるかをチェックする簡易的な方法の一つは、こぶしを固めた両手を前方に並べて出して走ってみることです(Fig.39.5)。もし手が右左へと逸れるようであれば、きっと脚を酷使して走っている(引力を活用できていない)ことでしょう。
 f:id:Tomo-Cruise:20170623045545p:plain同じようなドリルを今度は手を後方に持って行って試してみれば、臀部や脚の動作が柔らかく行えていると感じることができるでしょう(Fig.39.6)。さらに走っている際に自分の影をチェックして、自分が想像している理想のフォームに余計な動きがないか、姿勢が崩れていないかなどをチェックすることも有益だ。そして常に次のことを忘れないでほしい;動作は体幹の下で行われているであり、体幹によって動作させているわけでなない。車のシャシーは車輪の動作によって移動しているのであって、自らは推進力を生み出してはいないのと同様に、身体の体幹部分は脚に乗っかっている部分であり、推進力の邪魔になったり推進力を生み出そうとしてはいけないのです。